くも膜下出血発病から1年経過

2021年12月28日でくも膜下出血発病から1年経過したことになります。とは言っても自分はブログの記事を3日~10日前には書いてますので実際にこの記事を書いてるときはまだ1年経過はしてないですけどね。記事内容には関係無いですがこの記事が公開される日にケジメとして去年と同様に神社にお参りに行ってきます。ま、どうでも良いことなので本題に入ります。くも膜下出血から1年経過。これは早かったような長かったような感覚です。客観的に見れば「よく生きてた」と言う感じだと思います。自分の場合は朝起きて会社に行こうとベッドから立ちあがって立とうとしたら立てずに転びました。この時点で「おかしい」と気づきました。しかし、助けを呼ぶにも声が出る気がせず、腕は動きそうだったので部屋にある「壁」を叩いて家族を呼びました。弟が来た時に声が出せそうな気がしたので「救急車呼んで!」とだけ伝えて倒れこみました。その後、救急車に乗る位から意識が無くなりました。この時ですが最近先生から聞いた話では自分のくも膜下出血のグレードは昏睡状態では無かったのでグレード3.5位と聞きました。自分の中では救急車に乗る位から意識が無くなって次に目覚めたのは数日後の病院のベッドの上で目を覚ましたんだと思います。しかしですね。意識が無いけど自分は「暴れた」らしいです。自分の中では全くと言うほど記憶が無い。この暴れたことがあったからグレードが3.5で良かったのかも知れません。今となっては全てにおいて感謝しかありません。この1年と言う期間ですが急性期病院が約1か月ちょっと、回復期病院が約4か月の合わせて約5か月入院してました。自分が病院で目を覚ましたらまず左手が結索?だと思うのですが暴れたので暴れないように腕とベッドに縛らり付けられて身動き出来ないようになっていました。「暴れた」と言っても自分は全く記憶がありません。なのでどのように暴れたのかもわかりませんが、後で聞いた話では相当凄かったようです。どれ位かと言うと病院のベッドを壊したようです。自分の右足の踝が1年経過した今でも黒く染みのようになっており、相当ひどかったようです。これも後でわかった事ですが病院のベッドと言うのは相当頑丈のようです。にも関わらず壊したと言う事実・・・。今思えば大変申し訳ありませんでしたとしか言えないです^^;。今でこそ頭は普通に働くので一般の方と同じように出来ますが、入院して多分2週間位するまでは「自分はおかしかった」と思います。何がおかしいと言うと記憶がまだらにしか覚えてないと言うのと、何て言うんですかね。ボーっとしてるけど話せはするけど、と言った感覚でした。恐らく自我がおかしいと言っていいかわかりませんが2週間位経過するまではホントおかしかったと思います。しかし当時の状態を振り返ると相当な経験だったと思います。病院で目が覚めると体が縛られてベッドから動けない。そして何より立ち上がることが出来ない。トイレ等の移動は全て車椅子。嚥下障害があり飲み込みが出来ない。他にも右半身の温痛覚が無い。両手が常に痺れてる。平衡感覚障害があるや何かする度に右半身が痺れる(触った部位が)等など・・・。今でも後遺症は残ってますが当時ほどではないです。でもですね。立って歩くことが出来ない。これは今でこそ歩行器等の器具無しで歩けますが、歩けないと言うのは相当ショックな事であり、最初なんて「なんで歩けないんだ?」と本気で思った程です。でもだからこそ歩けるよう回復してからは人間の「歩行機能」は凄いと改めて考えさせられます。恐らくこんな事を実感する人はほぼいないでしょうね。後は大きな障害で人生に影響が出そうなのは嚥下障害ですかね。これは代理脳神経と言うんですかね。自分は飲み込む機能を持つ神経が死滅したと思われるんですが、他の脳神経が代理で動いてくれてるお陰で今も食べたり、飲み込めたり出来るんだとか・・・。嚥下障害は回復期病院に入院する頃には、食事も普通に出来るまで回復してましたので回復期病院ではリハビリをしてません。厳密に言えば普通に食事をするだけでリハビリになるそうです。リハビリはもうしてないんですが今でも「ながら食事」をすると咳き込むことがあります。これは例えば食事をしながら会話をするとか、食事をしながらテレビを見る等が該当します。病気前は何も意識してなかったのですが、今でもこれらのことをすると喉が詰まって咳き込むときがあります。この障害に関しては特に「誤嚥」だけは気を付けています。急性期病院では肺に間違って食べ物等が入ると死ぬことがあると聞きました。今でも恐ろしい・・・。何にしても気を付けてます。とは言っても1年経過した今では日常生活に困るような障害は今の所無いと言うか、障害はあるが多分大丈夫だと思います。次のステップとしては再就職です。これはねぇ、一番の難題と考えています。持っている障害的に仕事に直結しそうなものは「平衡感覚障害」です。自分の場合はこれがあるので恐らく流れ作業的な工場とかの仕事は無理だと思います。それでも平衡感覚障害としてはまだ軽い方だとは思いますが、障害の程度としては38度位の熱がある位の時にフラフラすると言う程度の眩暈(クラクラ感)が常に24時間ずっとあると言う状況です。このクラクラがあるから歩く時もヨタヨタしながら歩いて見えるかも知れません。なのでその状況で流れ作業とかは出来ないんじゃないかと思ってます。ですので再就職は元の職業のITソフト開発を目指します(現状障害は残ってるものの、他の脳卒中の患者さんよりまだ良い方だと思います。一応誤解が無いように書いておきますが障害なんて人と比べても何の意味もありません)。くも膜下出血を発病して今だからこそ言えることは沢山あります。一般論的にはこんな病気にならない方がいい。しかし病気になってから家族の有難みの「気づき」等、普段わからないことを「勉強」出来たような気がしてます。勉強と言っても代償が相当大きいですけどね・・・。後はこんな悪名高い病気になってわかったことがあります。自分の場合はくも膜下出血前の前日ですがコロナ化という事もあり初詣は早めに行こうという話があったので、病気発生前日に神社にいってます。しかも住まいが小田原市なんですが静岡の三嶋神社ってところに行きました。しかも車を運転して両親、弟を乗せて行きました。今でこそ言えますが車を運転している最中にくも膜下出血を起こしてたら死んでも死にきれなかったと思います。ホントにね。洒落にならない位、やばかったですよ。自分の身は兎も角、家族に迷惑だけは掛けたく無かったのでそこだけは本当に良かったと思ってます。後は他の記事でも書いてるんですが、くも膜下出血前にこの「三嶋神社」でお参りしています。勿論健康を祈ってお祈りもしました。でもその翌朝にまさかの「くも膜下出血」発病です。これはねぇ、恐らくこんな話を聞いたことある人いないんじゃないかなーという位の話だと思います。自分は無宗教ではありますが、こんな事があると流石に考えさせられる気がします。後はあまり気にしてなかったんですが2021年は後厄だったんですよね。後数日で厄年が終わるって時に病気発病と言うね。今更何を言っても無駄ではありますが、今後は体調管理を確りやって家族にも迷惑を掛けないようにして、そして生活基盤を自分一人でも出来るように頑張って生きたいと思ってます。最後に1つだけ書かせて下さい。同じような患者さんやそのご家族の方、絶対諦めたらいけません。諦めなければ絶対回復のチャンスはあると思います。少なくても自分はそう思って生きています。奇跡と言うのは自分で掴み取るもんだと思ってます。自分の歩行障害や嚥下障害、諦めてたら治って無かったかも知れません。

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