障害者になってからの心持ち

くも膜下出血の影響で自分は障害持ちになりましたが未だに障害持ちと言う感覚がありません。例えば両手が常に痺れてるんですが今まで通り手を使うことが出来るため不自由はしてません。だからなのか障害はあるけど障害持ちと言う認識が多分自分は足りて無いのだと思います。自分ではあまり大したこと無いと思っても第3者に話すととても驚く人は沢山います。自分も第3者として話を聞いたら同じ事を言ってたかも知れません。でも右半身の温痛覚が無いとかちょっとしたことで右手を怪我してもわからないので怖いと言うのはあります。でももう「慣れ」だと思いますがこれが日常生活の「普通」との認識になりつつあります。そういう意味では障害に慣れると言う意味ではいいと思います。でも面と向かって「障害者だ!」と言われるとまだ心の整理は出来てないかもなぁ。第3者から見れば100%障害者に見えるので間違いは無いのですがね。まぁ、普通に考えて死んでてもおかしくない状態だっただけに自分でもよくわからない感じですね。体の機能が一部正常に動いてないと言うのはよくわかってるつもりではいます。危険察知や危険回避等のためにももう少し自分の体を理解して生活しないといけないんだろうけど、まだその域に達してません。一応慣れるよう頑張ってはいるんですが「心持ち」と言うのは中々変えられないのかなぁと思ったりしてます(*´-`)。所でちょっと話題から逸れるかも知れませんがネットサーフィンをしていたら病気後は「おまけ」と考える人のサイトを見つけました。すごいなぁと感心しています。自分もそうやって考えると大分精神的に楽そうですが、病気になったけど普通の生活(仕事)をしないといけないため「病気だから出来ない」では生活出来ないため非常に悩ましいです。人間考え方次第で大分人生が変わると思うので、自分もこの方のような考えが出来るようになりたいな。では最後に1つ。やはり死に掛けて障害者として生き残ったら色々考え方が変わりました。現状を生きるためにも病気で死んで蘇ったとか、人生リセットとか何かしら理由を考えて再スタートするような気持ちでいます。こうでもしないと障害があるために厳しい現実を生きるのは気持ち的にも非常に厳しいと自分は思ってます。何にしても色々と全てマイナスからのスタートですがやるしかないので頑張ります。

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