もうすぐ病気発病から1年・・・

まだくも膜下出血発病から1年経過してませんが間もなく1年が経過します。正直言って良く生きてるなと言った感じが自分の感想です。病気発病時は朝ベッドから立とうとして立てずに倒れました。すぐさまおかしいと思って家族に助けを呼ぼうとしても声が出ない。腕は幸い動いたので壁を叩いて助けを呼びました。その時だけ声が出せそうだったので弟に「救急車呼んで!」と言って床に倒れこみました。後は救急車に運ばれたあたりから意識がなくなりました。この時自分が生命の危機に陥っていることなど微塵にも思ってませんでした。。。そしてこのセリフ・・・。このセリフが場合によっては生きてる時の最後の言葉になってかも知れない。そう思ったのが病気発病から2週間以上立って意識がやっと普通の状態に回復してからです。今振り返ってもくも膜下出血は本当に恐ろしい。怖いと思うと同時に人間は簡単に死ぬと言う事を身を持って理解しました。恐らくこんな事を書いても本人しかわからないし、経験者で無いとわからないと思います。くも膜下出血は怖いし、後遺症の障害も嫌だし、病気になっても良いことは1つも無いと思います。しかし敢えて言うなら死に掛けたからこそ改めて理解出来た事もあります。例えば家族の有難みだったり、遠い世界の事のように思ってたエンディングノートの重要さとかね・・・、最悪のケースを想定してその時のメモや連絡の重要度が身を持って必要性の有無を確認出来ました。こんなのは日常的の生活をしていた時は全く考えてませんでした。でも病気からある程度復活したら「自分が出来ること」は全てやろうと言う気持ちになりました。今でも最悪のケースの事を想定して色々メモやその他、自分がいなくなっても良いようにはしているつもりです。これは病気とか関係ない話だとは思いますがこういうのは「事前に準備」しないと絶対対応出来ないと思います。ただこういうのは「必要」との事は理解出来ましたがはっきり言って「こういう経験はもうしたくない!」です。当然と言えば当然ですよね。後は変わった事と言えば病気になってから結構考え方が変わりました。特に死に掛けてからはニュースでの殺人とか自殺とか、、、この手のニュースを見ると「何があっても生きてた方がいいよ」と思うようになりました。普通の方はこんな病気は生涯1度も経験しないかもしれません。経験したとしても多分一度だけでしょう。仮に2回目があったとしたら覚悟が必要だと思います。自分は病気になって後遺症持ちにはなりましたが今まで「見えてない」部分、これは気づいてなかった所と言うのかも知れませんが「気づき」が沢山ありました。そして病気になってから信じられないような事もありました。これはそのうち記事に書くと思いますが「事実は小説より奇なり」との事がまさにぴったりでした。生きてるからこそ言える事ですが仮にドラマや小説等、ネタを考えるなら患者さんの事実を聞き回るだけでドラマや小説は簡単に出来る位にはなると思います。それだけ事実に勝るものはないって感じを受けました。根拠は事実に基づく体験談です・・・。自分の場合はですけどね(*´-`)。最後の締めくくりですが、やはり生きてる事に対して感謝しております。そして生きてると言う事に対して、何かやり残してるから「生かされている」と勝手な自己解釈をしています。そして「やり残している事」を全力で対応して行きたいと思っています。何事もプラス思考と言うのは出来ないかも知れませんが自分はこんな感じで生きています。正直自分が何歳まで生きていられるのかはわかりませんが最後の時までは、やり残す事が無いような人生にしたいです。

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